逆転のエース

自分の人生を使って使って使い潰す、そんなコンセプトで綴られるナーバスブログ。架空タレント西師千尋くんの活動報告もします。

西師千尋との出会い

西師千尋 公式インスタグラム

https://www.instagram.com/nishijichihiro

 

西師千尋は架空のタレントです。

愛称は募集中で、個人的にはにっしーか、ちーやんがいいと思ってる。

(なにいってんだ?って思ったあなた。奇遇ですね僕もさっぱり何を言ってるんだって感じです)

 

そもそもの始まりは、独立志望の友人とお酒を飲んだ時の話でした。

(詳細は酔っ払ってたもんであんまり覚えてないけど)YouTuberに今からなれるか?みたいな話をした時だったと思います。

 

「先駆者で溢れてるから余程革新的な発想で撮影した動画じゃないと無理でしょ、僕には0→1の発想力はないから、自分で撮るより誰かが撮った動画を広報する仕事をした方が性にあってると思う。」

 

そんな結論を出した時に、頭にひとつの仮定が生まれました。

 

自分ではなく誰かが撮った動画を広報する、のくだりです。まさに人のふんどしで相撲を取るを地で行く発想が、僕に神の啓示にも似た(幻覚)閃きをもたらしたのです。(多分)

 

【自分がスターになれなくても、誰かをスターにすることは出来るのではないだろうか】

 

元々、人材育成やコーチング、コンサルタントに近い仕事を行ってきたこともあり、なんかそっちの方が自分に向いてるんじゃないかと考えたわけです。

(というか完全に消去法です)

 

ところがどっこい、そんなスターの卵はおろか、貯金なし実績なし甲斐性なしの貧乏リーマンの口車に乗ってくれる奇特な御人もいらっしゃいません。

そしてそんな人を集める資本金も人脈もありゃしない。

 

そこで現れたのが敬愛する西師千尋くんです。

コンセプトは、架空の人物を本気でブランディングしてプロデュースしてみたらどうなる?という思いつき。

 

「もう勝手に人間作っちゃえばいいんじゃね?」という投げやりな発想と、Vtuberのキャラデザめんどいから生身で自作自演するわというモノグサ大雑把が生み出したの架空のキャラクターが西師千尋という存在です。

 

僕の企画のメインキャスト兼代弁者として、彼がどんな動きをしていくのか正直さっぱりわかりませんが、ひとまずはプロデュースの練習と思って彼を応援していきたいと思います。

 

みんなも応援してね。

うん。ここまで書いてもさっぱりわからんところが不安材料でしかないんだわ??

ブログ開設の経緯とか

 

令和に元号が変わり、僕を育ててくれた平成が終わった。

平成最期の10年間をぴったり20代として過ごした、いわゆる「ゆとり世代」の僕が、30代を目前にして、心に浮かべたのは「やっっべええええ!!!」という感情につきる。

 

20代の僕はかなり良い子だった。

かなり良い子でいることを選んできたと言ってもいい。

 

二十代前半で大手企業に就職し、本社転属。

二十代中盤で結婚、子供の誕生、転職と、人生の転機がトントントンとやってきた。

 

人から見れば順風満帆に見えてたと思うし、実際僕もそう思っていた。

自立した人間としての社会的責任、経済主体として見た時の生産・支出の責任、さまざまな要因が僕の生活を変えていき、僕もまたその環境に適応をすることを余儀なくされた。

それでも「社会的に認められたしっかりした人間」を演じることは、僕の自尊心を満たしてくれていたし、家族を含めた「誰かのため」に生きることは、生きる目的となってくれた。

 

ところが僕には三つの誤算があった。

一つ目はしっかりしすぎたことである。

身の丈以上に。 要は無理をしていた。

 

しっかりした人間の最大の災難は、しっかりしてない人間が寄ってくることである。

職場だろうが家庭だろうが往来だろうが、しっかりしてる人間の周りには自立をしていないだらしない奴らが集まってくる。

彼らは自分が「しっかりしてるつもりになる」ためだけに僕に取り入り、僕を利用しようとするようだ。

そして二つ目の誤算は、そうした人達は癌細胞のように僕を骨の髄までしゃぶりつくし、最後には牙を剥いてくることに、僕は心身を故障するまで気付けなかったことである。

 

良い子ぶりっ子のツケは約3年ほどでやってきた。

仮称癌細胞は、人知れず僕の身体に潜伏し爆発の時を待っていたのである。

 

詳細はどこか別の機会に温存しておくが、

ともかくして、20代の僕は少なくともそういう人達に、搾取され、消費をされてきた。

 

友人は減り収入は減り貯金はなくなり出世ルートは逃し心身の健康は損なわれ借金が残り、そうして最後は最愛の子供まで失う結果となりはてた。

 

平成最期の一ヶ月が始まろうとするとき、

なにもなくなった2DKの片隅で、手持ちのカードを机に並べた時、心に去来したのは「恐怖」だった。

 

結果の「やっっべええええ!!!」である。

 

自分の人生を生きる為に積み上げるべき物事を全て誰かの為に積み上げてしまった。

そして、その誰かがいなくなった時、自分に残されたのは一人で生きるには長過ぎる余命と、三十路にさしかかる身体だけになっちゃってたのであった。

 

何のために生きるのか、何かを為して死ぬのか、何も為さずに死ぬのか。それが死ぬ時にしかわからないことが、たまらなく恐ろしい。自分の価値が全て失われてしまったのではないかという恐怖感と、この先の人生に待っている虚無感と絶望感、そして孤独感と喪失感が僕に襲いかかった。

無気力なまま、数週間がたった。

ぶっちゃけもう死のうとも思った。

 

ところがどっこいである。

ここで三つ目の誤算だ。

 

良い子過ぎて死ねなかったのである。

 

とーちゃんかーちゃんありがとうって感じだ。

(おめーらの育て方のせいじゃみたいな気持ちもなくはない。)

 

 

そして同時に、メラメラと沸き立つなにかを感じる。

負けてたまるかという鬱屈しまくりのひねくれ反骨精神である。

残りの人生を使って使って使い潰して、自分になにが為せるのか、確かめたくなってしまったのである。

 

このブログでは、そんな裸一貫の何もないサラリーマンの逆転の軌跡を綴っていきたい。

 

悪戦苦闘で試行錯誤の日々と、ついでにここまでの負の遺産の禊を、自虐交じりに赤裸々に笑いに変える、そんなブログを目指すことを誓って、はじめましての挨拶とする。

 

 

 

 

とか言って、ここまで書くのに2時間くらいかかって早くも心折れそうなんです。

ひとまず離婚話とか色んな企画とかの話を週1くらいで語っていこうかなーって思ってます。

まあそんな感じで、色々。

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